2019年3月13日

今日の日記

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ドラえもんのアニメで、自分のイケメン度と身体能力を弄れるひみつ道具が出たことがある(違ってたらスマソ)。
確かその道具は、つまみを弄ってイケメンになるとその代わりに頭の良さも含めた身体能力が下がり、逆に不細工になると身体能力が上がってた気がする。
話の結末は忘れたけど、のび太は出来杉をもっとイケメンにして、身体能力を下げて貶めようとしたり(この試みは出来杉の身体能力がもともと高すぎることから失敗に終わった)、のび太が不細工になってジャイアンをケンカでコテンパンにやっつけたりしていた。
子供向けの番組にしては、なかなか考えさせられるテーマを扱った話だなと思った。

もう一つ、またうろ覚えな話で申し訳ないが、渡辺祥智先生の『その向こうの向こう側で』というマンガでは、人間の姿をした花の妖精が出てくる。
その妖精は主人の願いをかなえる度に花びらが散るようにその寿命が縮まり、やがて最後の願いを叶えると散って(死んで)しまう。
どんなひどい命令であれ、主人の願いを叶えるのがその花の妖精の願いであるという設定に、切なくなりつつも、はかなさと美しさを感じた。

私はかなりのひねくれ者なので、「何かのためには、他の何かを犠牲にしなければならない」、というような考え方に美徳のようなものを感じる。
あちらを立てれば、こちらが立たず、ということわざもこの考え方に近いような気がする。
そんなわけで、私は超絶イケメンに出会うと、何かしら欠点を探してしまう(笑)

犠牲や代償といったものが美しく思えるのはなぜだろうか。
もしかしたら私は偽善者なのかもしれない。

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