謎の漢方薬

私が小学生3,4年生くらいの時の話である。
仲の良い友達のグループで放課後にいつも遊びに行っていた公園の雑木林の中に、ホームレスの50代くらいのおっちゃんが木枠の骨組みにブルーシートを被せたテントを張って暮らしていた。
親や学校の先生から「あのおじさんに近づいたり、話しかけたりしてはいけない。」と言われていたが、穏やかそうな見た目から子どもたちの間では危ない人だという認識は全く無かった。
私のグループでは「おっちゃん」と呼んでいた。
子どもたち(主に小学校低学年)がテントの外から「ホームレス!」と叫んではやし立てると、中からおっちゃんが「家はある!」と叫んで返すのが、この公園の毎日の光景となっていた。
実際のところ、本当に家はあったのかもしれない。

ある日、私以外の友達の都合がつかず、私は一人で公園に行った。
一人で行った理由はよく覚えていないが、公園に行けば誰かしら知り合いがいると考えたんだと思う。
晩秋だと午後4時頃でも、薄暗く寂しい感じがする。
風で落ち葉が擦れる音しか聞こえない。
その時、私はコートを着ておらず、体が冷え始めたので、帰ろうと思った。
公園の出口の自転車置き場に向かって、歩き始めて数歩だったろうか。
ふと、「おっちゃん」のことが頭に浮かんだ。
私は、他の子どもたちのような度胸は無かったので、おっちゃんのことをはやし立てたことは無い。
なぜ、その時におっちゃんのところに行ってみようかと思ったのかは覚えていない。
おっちゃんのテントの前まで行くと、いつもは大体半開きになっているブルーシートの入り口が完全に閉まっていた。
きっと外に出ているんだと思い、帰ろうとしたところ、テントの中から咳の音が聞こえた。
立ち止まって息をひそめていたら、ブルーシートの入り口が半分開き、おっちゃんが顔をのぞかせた。
おそらく私が落ち葉を踏む音が聞こえたのだろう。
おっちゃんの顔を間近で見たのは初めてだ。
しかし、雑木林の中なので薄暗く、表情はよく見えない。
「ちょっと話を聞いてくれ…」
いつもの「家はある!」と叫んでいるあの声とは全然違う、か細い声でおっちゃんが言った。
「頼みがあるんだが…」
そう言って、おっちゃんは一枚の紙としわくちゃの千円札を差し出してきた。
「阿佐ヶ谷の〇〇薬局に薬を取りに行ってきてくれないか?特別な漢方薬だから、そこにしか置いていないんだ。地図はこの紙に書いてあるから…」
そう言った後に、おっちゃんはひどい咳を一回した。
何やら子ども特有の勘みたいなものが働き、私は逃げてはいけないと思った。

おっちゃんから、地図と千円札を受け取ると自転車を走らせ、阿佐ヶ谷に急いだ。
早くしないと薬局が閉まってしまうかもしれない。
自転車のライトがブンブン鳴っている音しか聞こえなくなるくらい、一心に漕いだ。
どうにか地図を頼りに、おっちゃんの地図に書かれた薬局を見つけた。
シャッターがほとんど閉まっているが、かろうじて中に明かりはついているのは見える。
重いシャッターを体重をかけて押し上げ、空いた隙間に体を押し込んで、中に入った。
入ると目の前にカウンターがある、とても小さい薬局だった。
天井の蛍光灯は1本だけで、端っこが黒ずんでいて薄暗い。
カウンターの中には誰もいない。
「すいません!」と叫ぶと、二十秒くらいしてカウンターの後ろの扉がガタンと開き、白衣を着たおじいさんが出てきた。
疲れた顔をしている。
「今日はもうおしまいだよ。明日おいで。」
「公園のおっちゃんに頼まれて、ここにしか薬が置いてないと言ってました。お願いします。」
と言って、おっちゃんから渡された紙をおじいさんに渡した。
おじいさんが紙を見ると、おじいさんの目つきが急に険しくなった。
その後「こんな薬は無い!」と最初の穏やかな声とは対照的な怒気を孕んだ大きな声で言った。
「おっちゃんの具合が悪いんです!お願いします!」
「帰ってくれ!」
その時の自分には、それ以上主張する勇気は無かった。
すっかり暗くなった中、公園に戻り、おっちゃんに薬が貰えなかったことを伝えると、
「ありがとう。薬はもういい。千円札はやるよ。」とだけおっちゃんに言われて、テントの入り口は閉まった。

数日後、いつものグループで公園に遊びに行くと、おっちゃんのテントが撤去されていた。
友人から聞いた話によると、警察によっておっちゃんがテントの中で死んでいるのが発見されたらしい。
あれから数年、中学生になった今でも、おっちゃんからもらったしわくちゃの千円札は机の引き出しの中にしまってある。
それにしても、”特別な漢方薬”とは一体何だったのか。
処方箋はあの時薬局に置き忘れてしまったのだろうか、手元に無いので確かめることはできない。

※この記事はフィクションです

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