2018年4月3日

今日の朝、夢の中で夢だと気が付く、いわゆる”明晰夢”というやつを生まれて初めて体験した。
ただ、自由に動き回れる感じでもなく、漠然とこれは夢だなと気が付いたくらいのレベル。
夢の詳しい内容は覚えていないが、「過去を変えることは、時空を歪めることになるが、それでよいか?」と誰かに聞かれた気がする。
私は夢の中で少し考え、結局過去を変えるのはやめた。
変えたい過去は色々あるが、今死なずに生きているのでまあいいかと。
良かれと思った選んだ道が、誰も望まない結果に繋がることもあるので…。
でも、過去を変えることを選んでいたら、夢の続きはどうなったんだろう…。

虐待やいじめ、貧困などのニュースをテレビで見ると、いたたまれない気持ちになる。
まあ、大体の人が同じような気持ちを抱くだろうが、
ただ、そういった社会的弱者に対してステレオタイプ的な人生の価値観を押し付けるのは、酷だと思う。
例えば、「収入が少ないなら転職すればいい。」「いじめられているならば、学校に行かなければいい。」
そんな行動力やバイタリティが本人にあれば、辛い状況からはとっくに抜け出している。
本人の努力の不足のせいにしてはいけない。
辛い時には誰でも必死に生きている。
「生きていればいいことはあるさ。」
これは本当に励ましの言葉だろうか?
もし、楽天家だったら、そもそも苦しむことはないだろう。

私は今のところ、家もあるし、家族も大体健康だし、お金にも仕事にも困っていないし、のうのうと生きている。
何と幸せなことか。
社会の仕組みを構築するための便宜上、一定の人生の型みたいなものは必要だと思うが、
その型にちょっとでもはまっていないことで、ものすごい不利益を被ることがあるのは社会構造の欠陥だと思う。
どうにか、全ての人が救われる世の中にならないものか。

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