今日の昼は社長がうなぎ屋に連れて行ってくれるらしい。
2ヶ月も前から社内掲示板にA4の紙が貼られ、左上に小さく
「公示 7月12日(月)うなぎ屋 〇〇部長 ××君」(××は私の名前)
と印刷されていた。
丁寧にも右上に社長の名前が手書きされていて、社印まで押されている。
社印の使いどころを間違えているだろ…。
ていうか、公示って意味が分からないし、紙の余白も大きすぎる。
ヘッダーの存在には気づいていないようだ。
ちなみに、社長のPCにWordをインストールしたのは私である。
内線でWordの使い方を聞かれまくるのが目に見えているので、システム部がわざわざ私に依頼してきた。
社長に呼ばれる時は大体社長のくだらない思い付きを見せられるだけだと社内の誰もが知っている。
先輩社員は「これから外回りです」とか「あいにく取引先との会議がありますので」とか言っていつも丁重にお断りしていて、その役が平社員である私のところにまで回ってくる。
そのうちに私と、ごますり目的の部長しか誘われなくなった。
しかし、今回ばかりは羨望の的となった。
なんといってもうなぎ屋である。
「社長」と「うなぎ屋」という単語の組み合わせは最強だ。
12時ちょうどに会社の入居しているビルの出口で社長と部長と私の三人で待ち合わせ。
部長は暑いのにネクタイをして、ジャケットも着ている。
私はクールビズ。
部長から「高級店に行くのだからそんな格好じゃ失礼だ」とか「営業部の誰にでもいいからジャケットとネクタイを借りてこい」「お前には常識というものは無いのか」とか散々言われているところに社長が登場。
社長はユニクロで売っていそうな涼しげなスラックスに、上は紺のポロシャツ。
部長は一瞬で口をつぐんだ。
社長が「さあ、行こうか。」と言って、通りを駅とは反対方向に向かってスタスタと歩き始めた。
部長ら社長の隣でいつものごますりを始めた。
二人の後ろから私がついていく。
5分ほど歩き、社長は交差点の角で立ち止まり、「ここだよ」と言ってドヤ顔をした。
社長の隣を歩いていた部長が口をパクパクさせている。
そんなに高級店なのかと思ったら、オレンジ色のポップな外観。
確かにうな重のポスターが貼られているが、このお店はうなぎ屋ではない。
「店の人に聞いたら夏の間だけうなぎを出すらしいんだよ」「ここは誰も知らないだろう」と社長はドヤ顔である。
いや、みんな知っている。
死んだ魚のような目をして部長が三人分の食券を買い、カウンターに三人横並びでうな重を食べた。
社長は「うなぎ屋なのに食券式とは、デジタルトランスフォーメーションだな」と言っていた。
部長の目が一瞬生き返ったが、結局何も言わなかった。
いつもだと「ええ、その通りだと思います」とか言うんだろうけど、こればかりはさすがに謎発言である。
美味しかったけども。
会社に戻るとまだお昼休み中だった。
同じ部屋にいた社員がいっせいに集まってきて、店の名前や場所、うな重の値段などを聞かれたが何も言えない
部長もさすがに黙っている。
720円とは言えないし、隣に牛肉が載っていたとも言われない。
今年の夏も平和に過ぎていきそうだ。
※この話はフィクションです。
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